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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
道には荷を積んだ百姓馬と、女を混えた七八人の旅人が、ばらばらになって歩いていた。みんな南から北へ向ってゆく人たちだったが、おすげはその中の一人を見まもってい、さわが「どうしたの」と呼びかけようとしたとき、喉から異様な叫び声をもらすと、殆んど宙を飛ぶといったような動作で、まっすぐにそっちへ走っていった。そしてさわははっきりと見たのだ、おすげの叫び声を聞いた旅人の一人が振返り、かぶっている笠の端をあげて、走って来るおすげを認めると、ぬいで持っていた塵除け合羽を投げだし、これもなにか叫びながら、おすげのほうへ駆け戻った。さわの立っているところからおよそ二三十間はなれていたが、両方から走りよった二人がいっしょになり、手を取りあうとたん、おすげの泣きだす声が、さわにはよく聞きとれた。
「本当にあるのね」とさわは無意識に独り言を云った、「小説や云い伝えだけじゃなく、本当にあることなのね」
あちらの二人は、往来する人たちにも気がつかないとみえ、肩を寄せあったまま、なにか話しながら歩きだし、宿のほうへと去っていった。さわは、「夢中なんだわ」と微笑して、街道へ出てゆき、あの男の放りだしていった合羽を拾いあげると、土埃をはたきながら、二人の去っていったほうをもう一度、祝福するような眼つきで眺めやった。