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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

健次というその男は、江戸で自分の店が持てたという、こんどは小千谷へ買い付けに来たのだが、おすげが生きていて、二人は必ず会えるものと信じていた。そうでない場合のことなど、疑ってみたことさえなかったそうである。本当なら小千谷へいって来るまで待っているところであるが、もういっときもはなれてはいられないから、明日いっしょに小千谷へゆき、そのまま江戸へ立つことにした。おすげは片づけ物をしながら、朝の雀がさえずるように、休みなしにこれらのことを語った。

翌朝はやく、さわの家へ二人がおとずれた。健次という男はいかにも商人らしく、腰の低いあいそのいい若者で、おすげが世話になった礼を述べ、もし江戸へ出るようなことがあったら、本所のしかじかというところへ訪ねてくれ、とお世辞でない口ぶりで云った。小千谷から戻るときに、もういちど寄るといったが、二人はそれ限り顔をみせなかった。――また独りで茶をたてることになり、暫くのあいださわは淋しさを感じた。けれども、独りになった淋しさより、その出来事から与えられた勇気のほうが大きかった。心から愛しあい信じあっている者は、いつか必ず会うことができる。