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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

さわの喉へ忍び笑いがこみあげてきた。さわは榎の幹に凭れかかり、肩をこまかくふるわせていたが、忍び笑いはすぐ啜り泣きに変り、それが長い嗚咽になった。

「あたしたちは本当に想いあってはいなかったのね」と暫くしてさわは、榎の幹を撫でながら云った、「あの人は待っていて下さいと云った、あたしは一生涯でも待つと云ったわ、嘘じゃなかった、あのときはしんそこそう思ったのよ、あたしは本当に一生涯でも待つ気でいたし、今日までその気持に変りはなかったのよ」

落葉がさわの躯にふりかかった。

「おまえは初めから見ていたわ」さわは嗚咽のあいだから云った、「あの人とあたしが忍び逢うところも、別れるときに二人がゆくすえを誓いあうところも、そうしてたぶん、それがほんものではなく、やがてはこんなふうになることもわかっていたんでしょう、ねえ、おまえにはみんなわかっていたんでしょう」

「どうすればいいの」とさわは続けて榎に問いかけた、「こんなことになって、これからあたしはどうしたらいいの」

越重へゆけ、という声が聞えた。意識の底からの囁きだったろう、さわには榎がそう云ったように感じられた。