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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
を実際より過大に感じ、そのためにのぼせあがっているのだ」
「私が、のぼせあがっておりますか」
「同じような例がある、塩沢丹三郎がそうだし、伊東七十郎がそうだ、それを考えてみるがいい」甲斐は深い息をし、声をやわらげて云った、「丹三郎が鬼役にあがってからも、危険だと思われたときには呼んで、お役を休むように注意をした、しかし彼はいっさい受けつけなかった、彼には毒死することが本望だったのだ、――七十郎の場合もそのとおり、席次の争いは企まれたものだし、そんなに騒ぎたてるほどの問題ではなかった、七十郎は胆力もあり頭もいい人間だから、事の裏にあるものをみぬけない筈はないのに、のぼせあがって一ノ関刺殺などという、無謀なことをくわだてた」
甲斐は片手を振り、その手をはたと膝へ落として云った、「丹三郎は満足だったろう、ばかな、――七十郎も自分の名が後世に残ることを信じ、満足だという意味のことを遺書に書いている、――ばかな」
感情をしずめるためだろう、甲斐は言葉を切って、暫く沈黙した。
「丹三郎はまずともかく、七十郎の死は誤っている、彼は侍の意地とか面目とか、本分などということで自分を唆しかけた」