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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
――それが生活というものだ。
玄四郎はそう思った。
世の中の大多数の人たちはそういう生活をしている。そしてまた、そういう人たちの中にはそういう生活に飽きてもっといきいきした、冒険や刺戟のある生きかたを求める者もある。だが、それは安穏で無事な生活の中にいて、現実の仮借なさを知らないからにすぎない。かれらのすぐ隣りにはべつの生活がある。そこには生きることの不安や、怖れや、貧困、病苦、悲痛や絶望がせめぎあってい、悔恨や憎悪や復讐心などのために、心の灼け爛れるおもいをしている人たちがいる。これらの人たちは、渇いた者が水を求めるように、静かで平安な生活にあこがれている。どのようにささやかであろうと、しっかりした根のある、おちついたくらしがしたいのだ。
――このおれがそうだ。
玄四郎は心の中で云った。
――おれ自身がその一人だ。
主人の原田甲斐の旨をうけて、おれはこの酒井家へ住み込んだ。初めは足軽、それから算筆のできるのを認められて、勘定部屋へあげられ、士分に取立てられた。このあいだに足軽組頭や、勘定役支配や、周囲の多くの人たちから好意をよせられ、かれらの世話になり、信じられて来た。