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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「気にするな」と甲斐は微笑した、「おれは大丈夫だ」

「お出かけのときにはお供の人増しをなさらなければいけません、大切なおからだだということを、どうかお忘れにならないで下さい」

「そうしよう」と甲斐は頷いた、「今日は御苦労だった」

政右衛門はぶすっとした顔で去った。

風呂をあびてから、甲斐はまた酒を命じて坐った。今日でまる三日、殆んど盃を手からはなさない。酒の量は多くはないが、夜半にも起きて酒を命ずるというふうで、いつもの甲斐とはようすが変っているため、おくみの不安は強くなるばかりであった。

「そう飲んでばかりいらしっては毒ですわ」とおくみは云った、「新八さんとみやさんが来ていますから、御膳をめしあがったあとで、あの人たちとお酒になさるほうがようございましょう」

「飯は欲しくない」

「なにかあったんですか」おくみは声を低くした、「今日はどこへいらしったんですか」

「新八はなんの用で来た」

「どこへいらしったかも、うかがえないんでしょうか」

「わかっている筈だ」甲斐の口ぶりは意外なほど強かったが、すぐに調子をやわらげて、なだめるように云った、「話していいことはいつも話している、おまえもまさか、話せないことまで話せというのではあるまい、――新八はなんの用で来たんだ」