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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「かしこまりました」

「休むがいい、御苦労だった」

喜兵衛が出てゆき、まもなくおくみが来て、座敷に支度のできたことを告げた。

「ここへ膳の支度をしてくれ」と甲斐はおくみに云った、「少し考えることがある、膳の支度ができたらおれを独りにしてくれ」

「あの人たちに会っておやりなさらないんですか」

「あとだ」と甲斐は云った、「あとでゆくから、くつろいで飲めと云ってくれ」

おくみはそっと立ちあがった。

酒肴の膳立てをしておくみが去るまで、甲斐は無表情に黙って坐っていた。顔はまったく無表情で、眠たそうにさえみえたが、心の中では電光が閃き、雷が鳴りはためいているようなおもいだった。安芸は彼の頼みを拒絶した。安芸はもう昔の安芸ではない。幕府にとって、伊達家は籃中の魚であり、どうじたばたしてもその籃からのがれることはできないし、へたに暴れだせば却って爼上にのせられる、ここはがまんすべきときだ。これまで耐え忍んで来たではないか、多くの犠牲を払いながら耐え忍んで来たのはただ一つ、六十万石安泰のためではないか。あのころの安芸にはわかっていた。だが、いまの安芸はもうそれを理解しようとはしない。