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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

安芸は単に一徹で潔癖な老人になってしまった。

――まっすぐに奔走している。

甲斐はそう思った。

――断崖へ向かってまっすぐに。

安芸が立ちあがったのは境論がきっかけであった。寺池の伊達式部が、無法に領地境を侵した。それは事実であるし、式部のうしろに一ノ関がいて、煽動していることも事実かもしれない。けれども、式部がなぜそんな無法なことをするか、という蔭の理由のほうが、侵された僅かな谷地よりも重大な筈である。

――まえには涌谷もそれを理解した。

たしかに、綱宗が逼塞を命ぜられたときは、酒井忠清と一ノ関との密約を知って、事を荒立てず「未然に防ごう」という方針をとった。藩主の譴責という大事に当っても隠忍することができたのに、自分の領地問題では堪忍ができない。目的は「一ノ関を除き、陰謀の根を断つ好機だ」と云うが、そう決心させた理由をつきつめれば境論ということになる。

「貴方はそんな人ではなかった」と甲斐は声に出して呟いた、「自分の領地が無法に侵されるということで怒り、それを藩内の粛正にむすびつけておられる、昔の貴方はそうではなかった、貴方はいつも重厚で思慮深くかりそめにも事の軽重をみあやまるような方ではなかった」