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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

甲斐は僅かに一揖した。

「板倉侯の口ぶりでは」と志摩は低い声で云った、「この二十五日か六日に、老中評定がおこなわれるであろう、ということでした、――板倉侯が月番老中だということを、お忘れなきように」

そして志摩は別れを告げた。

喜兵衛の帰りは待てない、と甲斐は思った。月番老中が云ったとすれば、老中評定が二十五日か六日におこなわれる、ということは間違いないだろう。そのまえになにか手を打たなければならない、と甲斐は思った。――寝所にはいってからも、なかなか眠ることができず、手を打つべき相手と、その口上について考え続けた。そうして、やがてまどろんだかと思うじぶんに、呼び起こす声を聞いて甲斐は眼をさました。襖の向うの声は堀内惣左衛門であった。甲斐は起き直りながら、はいれと云った。惣左衛門は襖をあけて、村山喜兵衛が戻りましたと云った。

「会おう、これへよこせ」と甲斐は云った、「いまなん刻ごろだ」

「七つ半(午前五時)でございます」

「よし、喜兵衛をよこせ」惣左衛門は出ていった。

甲斐は時刻の経っているのに驚いた。ほんのちょっとまどろんだばかりと思ったのに、外はもう夜が明けていたのである。