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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

楔

取次の者が二人まで替り、玄関でまた中年の侍が応対に出た。老中を勤める諸侯では、不意の訪問客もさして稀ではない。その侍も疑うというより念を押すように、こちらの身分と用件を訊いた。

「葡萄牙と申す国の珍らしい酒が手にはいりましたので」と甲斐は慇懃に答えた、「大和守さまに召し上っていただきたく、案内なしに参上つかまつりました、身分は浪人、湯島辺に住む八十島とお取次ぎ下されば、御存じの筈でございます」

その侍は奥へ去った。

大和守はその名を覚えている筈だ。かつて酒井邸でいっしょになったとき、雅楽頭がその名を出し、手きびしく甲斐に当った。盃を投げつけるという乱暴を、眼の前で見ていたから、八十島主計と原田甲斐をむすびつけて思いだすのは、ごく単純なことだと思った。――はたして、戻って来た侍は態度も鄭重になり、甲斐を奥へ案内した。接待でほんの僅か待つあいだに、甲斐は持って来た包みを解いて、桐の箱を二つそこへ出した。大きいほうは五寸角に長さ一尺余り、小さいほうは七寸角で深さ五寸ほどあった。

まもなく、四十年配の肥えた侍があらわれ、当屋敷の家老、亀谷清左衛門であるとなのった。