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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
甲斐は二つの箱をあけて、亀谷に見せた。片方には陶製の珍らしい形をした酒壜。片方には水晶のように透明なギヤマンの、足付き洋杯が五箇はいっていた。甲斐は酒が葡萄牙の葡萄酒で、甘味のあるものだから大和守の口に合うだろうこと、それを飲むための洋杯は、伊太利のものだということを説明した。亀谷は礼を述べて受取り、「では御前へ」と云って立ちあがった。案内されたのは、休息の間とみえる十帖で、上段はなく、畳廊下に沿って縁側があり、その向うに庭の一部が眺められた。――床間にはなにがし禅師の書の軸が懸けてあるだけ、襖も銀鼠の無地で、飾りらしい道具はなにもなく、いかにも簡素な、おちついた座敷であった。大和守は小姓を一人伴れただけで出て来た。髪が白くなっただけで、あのころと殆んど風貌が変らず、六十一歳という年よりはるかに若くみえた。
大和守が設けの座につくと、亀谷清左衛門が披露しようとした。大和守はそれを遮り、よしわかっていると云って、甲斐を見た。
「久びさの対面だな、原田」
「おそれながら」と甲斐が云った、「お取次まで申上げましたとおり、私は八十島主計と申す浪人者でございます」