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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

大和守は微笑した。すると、眼尻と唇の脇に皺がより、それが年だけの老いを証明するかのようにみえた。

「そうであった」と大和守は云った、「うん、いつぞやどこかで会ったことがある、いやたしかに、たびたび会ったことがあると思うが、今日はまたなんの用があってまいったのか」

「些か珍らしい物が手にはいりましたので、お笑いぐさに献上かたがた、世間ばなしなどお耳にいれたいと存じまして」

「世間ばなし」

「御身分高き方がたには思いもよらぬような、桁外れな話しが世間にはいろいろとございます、お骨休めにもなればと存じまして、二三御披露つかまつりたいのですが」

「よかろう、が、まず土産を見ようかな」

亀谷が立っていった。そしてすぐに、二つの箱をのせた蒔絵の台を、若侍に持たせて戻り、座敷へはいると自分が持って、大和守の前へ進み出た。清左衛門が箱の蓋をあけ、甲斐がもういちど説明し、よろしければ自分が毒見をするから、一と口召し上ってはどうかと云った。大和守は興を唆られたとみえ、味わってみようと云った。そこで甲斐は洋杯と酒壜を受取り、一杯注いで飲んだ。酒は透明な赤い色をしていて、杯に注ぐとこくのある芳香を放った。