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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「慥かに、事は割れた」と雅楽頭は自分に向かって呟いた。

「いまはだめだ、いま強行すればおれの手を焼くだけだ、いや待て、本当にだめか、一ノ関の欲張りはかなりうまくやった、伊達家の内紛はここまでもりあがった、かれらのほうから老中の裁決を乞うて来ている、すっかり膳立はできている、これでも不可能か、これでもおれの手を焼くだけか」

雅楽頭は屹と脇のほうを見た。

――あの証文を忘れるな。

そういう声が、脇のほうで聞えたように思ったのだ。うん、と彼はかすかに呻いた。伊達家中の内紛は、あの一枚の証文、すなわち、「三十万石を分与する」という、兵部宗勝との密約から始まっている。伊達安芸、原田甲斐らはその事実を明らかにするだろう、評定の席で、少なくとも甲斐はやってのけるに相違ない。彼はそこまで考えてきて、また大股に歩きだし、その足の下で床板が荒あらしく鳴った。

「事は割れた」とまた雅楽頭は呟いた、「時期を延ばそう、いまはだめだ、いまは不利だということは慥かだ」

彼は三歩ゆき、五歩戻った。徳川氏万代のために、仙台、加賀、薩摩の三雄藩は邪魔だ。北方と中部と南方に、これら雄藩が安泰にすわっているということは、幕府将来のためになにより好ましくない。