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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「こなたは松山へ帰られるか」

「はい、茂庭さまでもぜひ戻って来るようにと仰しゃいますし、松山はおばあさまのお里でございますから」

玄察は頷いて、ちょっとまをおいてから云った、「三月の事を知りたいだろう、こなたの出府した理由の一つはその事だろうと思うが、公表されたこと以外には、なにもわかっていないのだ」

宇乃はそっと頭を垂れた。

「概略を話せば」と玄察は続けた、「その日の老中評定は板倉内膳正どのの邸内でひらかれる筈であった、それがにわかに酒井邸に変更された、どうしてそうなったのか、まったくわかっていない、酒井邸の評定でも、安芸どの、原田どの、柴田どの古内どのと、一人ずつ呼ばれて審問されたという、けれども、なにをどう審問されたか、評定がどう動いたかということはわからない、二度か三度めの審問で、――原田どのから、改めて申述べたいことがある、と申し出られた、それにもかかわらず、古内どのが呼ばれたあとでとつぜん乱心し、安芸どの、柴田どのに斬りかかったというのだ」

俯向いて坐っている宇乃の両手が、膝の上でぎゅっと握り緊められた。

「原田どのが逆上乱心」そう云って、玄察は首をゆっくり左右に振った、「およそ原田どのほど、逆上や乱心などと無縁な人はない、それはこの玄察ばかりではなく、宇乃どのはむろんのこと、多少とも原田どのとつきあっ