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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「易水の故事だな」

「おれは供待ちにいる」と七十郎は続けた、「館の図を書いてもらって、場合によってはもっと近い処へいっていてもいい、騒ぎが起こったら踏込んで、采女が仕遂げていればよし、仕損じたらおれが兵部を仕止める、こまかい点はその場にいってからでないとわからないが、これなら十中八九はやれるだろう」

十左は膝へ両手を突き立て、眼をつむって、深く頭を垂れた。両手を突っぱっているので、肩があがり、頭はその両の肩のあいだに、埋まるように見えた。

「年が欲しい、――」と十左が呟くように云った、「もう四五年、いや、この眼が悪くなるまえだったら」

「おれが助太刀を承知すると思うか」と七十郎は笑った、「これは采女とおれの問題だ、里見老には限らない、いかなる者の助勢もお断わりだ」

十左は頷いた。

「館の図面を頼むぞ」

「詳しくはない、玄関から接待、そして書院までしか知らないが、知っているだけは間違いのないように書こう」

「頼む、それによって手順をきめる」

「気がかりなのは采女どのだ」と十左が顔をあげて云った、「まだ年も若いし、性質もあのとおり温順だから」

「十九歳といえば若すぎる年齢ではない、それに平生おとなしい人間ほど、いざとなると思いきったことをするものだ、ことに、こんどの事の起こりは采女自身なのだから、彼は充分やるに相違ない」