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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

それを見て、矢崎舎人が駆けより、抱き起こしてやったのだ。

自分はその場で見て知っているから、必要なら証人に立ってもよい、とその徒が云っており、これに対して、訴え出た徒のほうでは、彼は矢崎から口止めの金を貰っている、と主張しているとのことであった。

国老の評議に当って、甲斐はなにも意見は述べなかった。

――証人を喚問しようか。

という説が出たときだけ、甲斐は、その必要はあるまい、と反対した。矢崎舎人が、もと原田家の人間であったことは、みんな知っているので、その反対には意外な感じを受けたらしい。甲斐は、こういう問題は水掛け論になると云い、他に人もあるのに、矢崎が自分で抱き起こしたのは穏当ではないし、証人を喚問すれば、口止め料、などということもとりあげなければならない。それでは事が紛糾するばかりである、と主張した。

結局、矢崎舎人は、家禄召し上げのうえ追放、ということになった。甲斐はひそかに人を遣って、日本橋の雁屋信助を訪ねろ、と舎人に伝えたが、舎人の無罪が明白と思われるのに、これを罰することを、自分が主張しなければならなかった、という立場の苦しさは尋常ではなかった。