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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
――しかし津多女は二人の嫁にも心をひらかないし、曽孫たちも殆んど近よせない。采女は男の子だからであろう、見かけると隠居所へ呼んで、僅かなあいだ遊んでやったり、ときに菓子を与えたりはするが、自分で抱くようなことはないし、すぐに帰らせてしまう、というふうであった。
――おじさまも同じようだ。
宇乃は心の中でそう呟いた。
六月下旬に江戸から帰った甲斐は、五日ばかりこの館に泊っただけで、すぐに仙台の屋敷へ去った。館にいるあいだいちど、母の慶月院と一刻以上も話したことがある。二人だけの対談で、どんな話しが交わされたかわからないが、長い江戸番から帰館したというのに、孫たちも抱かず、妻と寝屋をともにするでもなく、淡々と仙台へ去ってしまった。
宇乃は隠居所の世話をしているので、誰よりも津多女にはちかしい。そうして、自分は彼女に愛されているとさえ思うのだが、その宇乃でさえ、ふとすると身のちぢむようなおもいをすることが稀ではなかった。いまでも忘れられないのは、薙刀の稽古のことである。宇乃の十六の年であったが、それまで一年あまり、津多女から薙力の稽古をつけられていた。