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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

断章(十三)

宇乃は客のあとを片づけてから、鮎をみにいってよいだろうかと訊いた。

「まだ焼きあがってはいなかったのか」

「もう少しというところでございました」

「みておいで」と津多女は頷いて、それからふと思いついたように云った、「おまえ鮎を届けに仙台までいっておくれか」

宇乃は眼を輝かせた。

「わたしも頼むものがある」と津多女は居間のほうへゆきながら云った、「帯刀どのにも用事があるかもしれない、おまえが使いにゆくと帯刀どのにお云いなさい」

「はい」宇乃の声は浮きたつように聞えた。

津多女は「宇乃さん」と呼んだ。

宇乃は振返って、また膝をついた。津多女は立ったままその顔をじっと見まもったが、静かに首を振って、なんでもない、いっておいでと云った。そして、去ってゆく宇乃の姿を見送りながら、もういちど首を振って呟いた。

「おかしな子だ」

断章(十三)

――申上げます、仙台より渡辺金兵衛が伺候つかまつりました。

「待たせておけ、酒がぬるいぞ」

――大槻斎宮にございます。

「なんとした、おそいぞ」

――御国目付の出立が、一日延びましたのでおくれました。

「江戸から使者があって、祝いの酒を始めたところだ、一つ遣わそう、寄れ」