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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

「兄さん、ここ温かいよ。」

と、もう一尺ほども藁をかぶっているような声だった。

「寝っちまっては大沢君にすまないなあ。」

そうは言いながら、恭一もたまりかねたと見えて、すぐ上って来た。

「ここだよ、兄さん。……二人いっしょの方がはやく温まるよ。」

次郎が藁の底から呼んだ。二人は抱きあうようにして寝た。すると、寒いどころか、しだいにむれるような温かさが藁の匂いといっしょに二人を包んだ。

「こんな旅行、面白いかい。」

恭一がしばらくしてたずねた。

「うむ、面白いよ。……だけどひもじいなあ。」

「僕もひもじい。こんなひもじい目にあったこと、これまでにないね。」

次郎には、しかし、ひもじいということに二通りの記憶があった。その一つは普遍のひもじさで、もう一つは、自分だけがおやつを貰わなかった時のひもじさだった。彼は、今でも、何かにつけ後の意味のひもじさを思い出す。「愛せられる喜びから愛する喜びへ」と心を向けかえたとはいっても、それはまだ十分に彼の血にはなりきっていなかったのである。で、つい、(僕は、もっとひもじい目にあったことがあるんだぜ)と、そんな皮肉を言ってみたい衝動にかられた。