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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

ちょうど火事の時にくだらんものを持ち出すようなものでね。はっはっはっ。」

次郎は、しかし、笑うどころではなかった。田沼先生のきわめて自然な、的をはずさぬ物ごとの判断が、その深い人間愛から流れ出ているということに気がつけばつくほど、かれは、かれ自身の気持ちが、いよいよ窮屈さと不自然さの中に追いこまれて行くような気がするのだった。

「わかりました。」

かれは、ばかに声に力を入れてそう言ったが、それはほんとうに納得したというよりは、しいて言葉をはげまして、自分の不安をはらいのけているといった調子だった。

ちょうどその時、午後の行事を報ずる板木が鳴った。次郎はそれをきくと、逃げるように室をとびだした。

読書会は、広間の畳に、食卓を四角にならべてやることになっていた。塾生たちが「二宮翁夜話」を持って席につき終わったころには、三先生ももう顔をならべていた。朝倉夫人は、読書会には、ふだんは手すきの時だけ顔をだすことにしていたが、今日はむろんはじめから、次郎とならんで席についていた。

「今日は、非常に残念なことを、諸君の耳に入れなければならないが――」

と、田沼先生は、いつものにこやかな態度に似ず、いかにも苦しそうに話し出した。