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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

一 友愛塾・空林庵

一 友愛塾・空林庵

ちゅんと雀が鳴いた。一声鳴いたきりあとはまたしんかんとなる。

これは毎朝のことである。

本田次郎は、この一週間ばかり、寒さにくちばしをしめつけられたような、そのひそやかな、いじらしい雀の一声がきこえて来ると、読書をやめ、そっと小窓のカーテンをあけて、硝子戸ごしに、そとをのぞいて見る習慣になっている。今朝はとくべつ早起きをして、もう一時間あまりも「歎異抄」の一句一句を念入りに味わっていたが、そとをのぞいて、いつもと同じ楓の小枝の、それも二寸とはちがわない位置に、じっと羽根をふくらましている雀の姿を見たとたん、なぜか眼がしらがあつくなって来るのを覚えた。

かれの眼には、その雀が孤独の象徴のようにも、運命の静観者のようにも映った。夜明けの静寂をやぶるのをおそれるかのように、おりおり用心ぶかく首をかしげるその姿には、敬虔な信仰者の面影を見るような気もした。

雀は、しかし、そのうちに、ひょいと勢いよく首をもたげた。同時に、それまでふくらましていた羽根をぴたりと身にひきしめた。それは身内に深くひそむものと、身外の遠くにある何かの力とが呼吸を一つにした瞬間のようであった。