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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

「さっき田沼先生に事件のお話をきいたあとで、ページをめくっていると、偶然この一節が眼にとまりました。何だか関係があるような気がしたので読んでみたんです。それだけのことで、べつに感想はありません。」

塾生たちは、同じページにあらためて眼を走らせはじめた。朝倉先生は眼をつぶって何度もうなずいていた。その中で、次郎だけが、こわいものでものぞくように、遠くから大河の横顔を見ていた。

その時、田沼先生の自動車が玄関をはなれる音がきこえた。つづいて小川先生と朝倉夫人のスリッパの音がきこえたが、それは廊下をつたって塾長室のほうに消えた。次郎はそれを意識しながらも、眼を大河からそらすことができなかった。大河の表情には、ふだんとちっとも変わったところがなかったが、それがかえって次郎の心を強くとらえていたのである。

そのあと、読書会はいつもとあまり変わりなく進められたが、大河のなげかけた問題は、たいして論議の種にならないですんでしまった。大多数の塾生たちの頭では、大河の読みあげた一節と東京の異変とが、すぐには、ぴんと結びついて来なかったらしいのである。朝倉先生も、それを夜の研究会にゆずるつもりか、強いては深入りしようとしなかった。