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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
つるつるに磨きあげられた板張りの床が、うす暗い光線を反射しているのが、寒々として眼にしみるようである。
かれは火鉢に炭をつぎ足そうとしたが、思いとまった。そして、刷りあげた名簿をひとまとめにしてかかえこむと、すぐ中廊下をへだてた真向かいの室にはいって行った。そこは食堂にもなり、座談会や、そのほかのいろいろの集まりにも使われる畳敷きの大広間なのである。
事務室からこの室にはいって来ると、まるで温室にでもはいったようなあたたかさだった。午前十時の陽が、磨硝子をはめた五間ぶっとおしの窓一ぱいに照っており、床の間の「平常心」と書いた無落款の大きな掛軸が、まぶしいほど明るく浮き出している。
次郎は、かかえて来た刷り物を窓ぎわの畳の上に置いて、硝子戸を一枚あけた。霜に焼けたつつじの植え込みが幾重にも波形に重なって、向こうの赤松の森につづいている。空は青々と澄んでおり、風もない。窓近くの土は、溶けた霜柱でじっくりぬれ、あたたかに光って湯気をたてていた。
次郎はしばらく窓わくに腰をおろしてそとをながめていたが、やがて陽を背にして畳にあぐらをかき、名簿を綴じはじめた。