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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
次郎の視線は、大河無門の顔にひきつけられたきり、しばらくは動かなかった。かれは何か一つの不思議を見るような気持ちだった。
(大河無門は、ぼくなんかにはまだとてもうかがえない、ある心の世界をもっているのだ。)
かれにはそんな気がした。その気持ちが、しだいにかれをおちつかせた。そして大河無門と荒田老とを見くらべてみる心のゆとりを、いつのまにか、かれにあたえていた。
かれの眼に映じた大河無門と荒田老とは、まさに場内の好一対であった。荒田老は、平木中佐の所論の絶対の肯定者として、怪奇な魔像のように動かなかったし、大河無門は、その絶対の否定者として、清澄な菩薩像のように動かなかったのである。
次郎は、これまでの不快な興奮からさめて、ある希望と喜びとに裏付けられた新しい興奮を感じはじめていた。そのせいか、中佐の狂気じみた言葉も、もう前ほどにはかれの耳を刺激しなくなっていたのである。
中佐は、最後に、いっそう声をはげまして言った。
「諸君にとってたいせつなことは、いかに生くべきかでなくて、いかに死ぬべきかだ。大命のまにまにいかに死ぬべきかを考え、その心の用意ができさえすれば、おのずからいかに生くべきかが決定されるであろう。