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まさおかしきくん

正岡子規君

伊藤 左千夫

「日本」日本新聞社、1902(明治35)年9月27日、10月3日、10月4日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,058 字 · 9 页

青空文庫

精粋と歌わるる歌に対して解釈力の欠乏せるに驚かざるを得ないのである。たとい自ら作ると云うことは出来なくとも、その議論をみてその製作をみたならば、是非の判断くらいはつきそうなものじゃあるまいか。世上多くの文士が先生の俳人たる価値をのみ解して、歌人たるの価値を少しも解せぬと云うに至っては、吾々は多大なる不平が包みきれぬのである。

先生の俳句における成功と歌における成功と先生一個身の上よりせば、成功の価値に少しの相違もないのである。一は成功の余沢を広く他に及ぼし、一は未だ広く余沢を及ぼさぬと云うに過ぎぬ、俳句はその流れを酌む人が多いから偉大で歌はその流れを酌む人が少いから注意に価せぬとはあまりに浅薄なる批評眼と云わねばならぬ。

しからば、正岡が歌壇の偉人であるというはどう云うわけかと云う問が起るであろう。これに対する答は、俳壇の偉人を説明する様に簡単でない。実績に乏しき歌壇の偉人を説明しようには勢い歌そのものに依って判断せねばならぬ。すなわちその作歌及び歌論について価値を定めねばならぬ。しかしながらかくのごときことをなすは今その場合でないと思う。

先生が歌の研究を始めたのは、たしか明治二十九年の夏からである。