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ぶどうむもん
武道無門
山本 周五郎
「内蔵允留守」成武堂、1942(昭和17)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,130 字 · 24 页
か」
そう云って、お八重は静かに立って行ったが、やがて厨から二つの庖丁を持って戻って来た。そして、それをしずかに良人の前に置きながら、
「此処に庖丁が二つございます」と言葉を継いだ、「こちらは菜を切ります、こちらは魚を裂くのに用います、どちらも刃物ではございますが、魚庖丁で菜は切れませぬし、菜切庖丁で魚は裂けませぬ」小弥太の眼は大きく瞠いて、妻の指さす二つの庖丁を見戍った。「二つの庖丁は、どちらもそれぞれ役が定って居ります、薪割りにも使えず、刀の代りにも成りませぬ、けれどもこの二つは、矢張りそれぞれ充分に役目を果して居ります、……旦那さま」
お八重はひたと良人を見上げた、その眼にはいつか泪が光っていた。
「貴方さまの臆病はどうにも成らぬお気質でございましょう、けれど松応寺ヶ原のことをお考えあそばせ、あのとき貴方さまは、豪勇無双の評判の河原さまにお勝ちあそばしたではございませんか」
「いや、あの勝負は、……あの勝負はそんな」
「いいえ、お勝ちあそばしました、果し合と申せば小さい戦も同様、どちらにも得手の戦い振りがございましょう、貴方さまは、貴方さまの戦法で立派にお勝ちあそばしたのでございます」