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ぶどうむもん

武道無門

山本 周五郎

「内蔵允留守」成武堂、1942(昭和17)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,130 字 · 24 页

青空文庫

小弥太はぐっと拳を握った。お八重は指でそっと眼頭を押えながら、「口幅な申しようではございますが、例えば大胆不屈で武芸に秀でたとしましても、それだけで無二の御奉公はかないますまい、同様に臆病の生れつきでも、お覚悟しだいで、立派にお役に立つことが出来ると存じます」

「お八重、……拙者はお受けしよう」

小弥太は拳で膝を打ちながら云った、然しそれはかなり自分を唆しかけるように聞えた。お八重の眼はそれでも美しく虹のように輝きを放った。

「……旦那さま」

「そうだ」声を顫わせて彼は云った、「おれは菜切庖丁かも知れぬ、然し菜切庖丁でお役に立つことくらいは出来そうだ」

「……うれしゅう存じます」

お八重は袖で面を押包みながら噎びあげた。小弥太は生れて初めて、肩の重荷を下ろしたような、かなり軽くなった気持で立上った。――そうだ、臆病でも宜いじゃないか、臆病には臆病の生きる道があるんだ。段だん明るくはっきりと、自分の歩むべき道が見えるようだ。泪で濡れた妻の笑顔に送られて、家を出た小弥太は、二十八年このかた、曽て覚えたことのない爽やかさを、全身で味わいながら城へ向ってあるいていった。