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しとかげ

死と影

坂口 安吾

「文学界 第二巻第九号」1948(昭和23)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,160 字 · 11 页

青空文庫

そこから電話をかけてみると、ヤマサンが電話にしがみついて、助けて下さい、殺されそうです、と悲鳴をあげていた由で、そのことがあってから、ヤマサンも狂恋をつゝしみ、大いに慎んで私に接するようになった。

その後のヤマサンは決して夜間は訪れず、昼、踊りや唄の稽古の帰りに、立寄った。ちょうど私の部屋の下に、知人の美学者が居り、特に日本の古典芸術を専門にしている人であったから、ヤマサンを紹介した。ヤマサンと二人だけで坐っているのが堪えがたかったからである。その後は、ヤマサンは私の部屋に長坐せず、よい折に立って、下の美学者を訪ねて、神妙に古典芸術の講話を拝聴し、又、自分の専門の芸については、美学者の問いに慎しみ深く答えていた。そういうヤマサンは、態度あくまで、凛々しく、慎しみ深く、なよやかな肩に芸の熱意が溢れて、美しく、立派であった。

歌舞伎の女形のヤマサンは、常に身だしなみよく、かりそめにも、衣服をくずしたことはない。然し、無慾の点については、三平に似ていた。二人の魂は、無のどん底に坐りついていたのである。それを、まことの淪落とよぶべきであろうか。ヤマサンの場合は、古典芸術できたえあげた教養、環境と、二十という年齢からきた造化の妙があったようだ。