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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

そこへ、ふいに、蔦子が馳けつけて、彼に縋りついた。

「どうしたの……。」

「探したわよ、随分。何だか心配になって……。」

酔ったまま緊張した彼女の顔が、石のように冷たく見えた。それだけで、坪井の眼は涙でくもった。

「いやよ、家に帰るのはいや。」

「僕もいやだ。一緒に歩こう。」

池のほとりを少し歩いて、それでもすぐにまた、二人は先刻出て来たばかりの家の方へ戻っていった。そして、表の戸を叩いて、出て来た女中へ蔦子が何やら囁いてる間、坪井はそこの物影にしょんぼり立っていた……。

そうした感傷的な酔狂が、二人の不義理の範囲を少しずつ拡げていって、坪井に金が出来なくなると、その負担が蔦子の上にかぶさってきた。蔦子のところの姐さんはそれを見るに見かねて、初めはそれとなく注意を与えていたが、しまいにはほんとに心配しだして、まじめに意見をすることもあった。それが、しらふの蔦子にとっては、済まないように思われたり擽ったく思われたりした。坪井とは、お互に、いつでも切れてしまえるつもりでいた。そうした油断が、だんだん二人を深みへ引きずりこんで、従って不義理が方々にかさんできた時、初めて顧みると、もうどうにも出来ないような状態になっていた。