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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

彼が勤めていた依田商事会社に、貿易品を取扱う或る大きな株式組織の商会から、金融の相談があった。担保物件は価格明記の倉荷証券で、台湾製のパイナップル缶詰四千箱について、一万二千円の申込だった。その三ダース入の一箱は、当時の担保相場としては五円ほどのもので、一箱三円とはむしろ少額にすぎる要求だった。社長の依田賢造は直ちに承諾した。然るに、それから三ヶ月ほどたって、その三ヶ月が融資期限で、それがきれると、社長は坪井を呼んで、会社のために骨折って貰いたいといいだした。用件というのは、担保流れになっているパイナップル四千箱の倉荷証券で、金融の途を、而も出来るだけ多額の金を、向う一ヶ月間の期限で、見付けてほしいとのことだった。而も第一に相談してみるがよいとて、他のある商事会社の名まであげてくれた。坪井は意外な気がした。他に先輩もあるのに、ただ機械的に事務をとっているだけの無能視されている筈の自分に、そういう大任が、而も内々にということで云いつけられたのである。

「どうだ、やってくれるかね。」

社長はその太い指先で、卓上の万年筆を無関心らしく弄びながら、小さな眼で坪井の顔を眺めていた。