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しまでをかたる
死までを語る
直木 三十五
「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页
ここへ、一日、須磨子が現れた。井上市次郎というその甥さん――だが六つ齢下の甥さんは
「何んや、喧嘩したんか」
と、大きい眼を、もっと、大きくして聞いた。
「はあ、もう、大阪へ帰れへんつもり」
須磨子は、兄の玄竜という人と、余り仲がよくなかった。大学生位までは、美人の妹というものをもっていると、いろいろ利益や、興味が、多いものであるが、生活などが、うまく行かないのに、二十七にもなる妹をもっていると、何んなにそれが、美しくとも、古い女房の、美しさと同じで、少しも、よくは感じないものである。
「植村は」
「田端にいよる」
私は、田端の、小杉未醒氏の所の近く、泥川沿いの戸叶という家の離れに、藤堂と二人で自炊していた。
藤堂は太平洋画会へ通っていたし、私は早大文科の予科にいたのである。室生犀星氏が、この藤堂と友人で、びっこの詩人と二人、よく、室生氏を訪問に行っていたらしい。
この戸叶方へ、須磨子が来て、当分、東京に居るつもりとか、少しはお金がある、とか(これは、二十円の債券を何枚かもっていたのである。勿論、後には、生活費になった)。だが、近頃の時代とちがって、婦人の職業と云えば交換手か、看護婦しかない頃であるから