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ははのじょうきょう

母の上京

坂口 安吾

「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,655 字 · 33 页

青空文庫

思念どころか呂律すらもすでにないので、ヒロシも観念して、たゞ影の形に添ふ如く悄々とついてくる。姐さん連がまさかに内実は御婦人と知る由もなく色目を使ふと、益々武士の娘の如くに凜々と悲しみを深めてゐる。女は御酒はいたゞきませぬ、と自ら言ふ通り、ヒロシは一滴も飲まない。うけた杯はなめるだけで、盃洗へあけて返すのである。

どこで、どうして関取に別れたか、夏川はもう記憶になかつた。たぶん上野をめざして歩いてゐたのであらう。彼は浮浪児だ、浮浪児だと叫んで歩いてゐた。うしろに右にからまるやうにヒロシが歩いてゐた。アヽ、ちよつと、浮浪児さん、とよびとめて四五人の男がとりまいてゐた。

「あゝ、さうか、街のにいさんか」

「ヘッヘ。おてまはとらせませんよ。ちよつと焼跡の方へ来ていたゞきませう」

「あゝ、いゝとも。なんでもやらあ」

ひどく気前がいゝ。彼もヒロシも元々持合せがないのである。そこでヨタ者どもは二人の着衣をぬがせた。

「あゝ、いゝとも。どうせこれからは長い夏がくらあ。こんなものは邪魔つけだ。綺麗サッパリ持つて行つてくれ。アヽ、いゝ気持だ。ナニ、もうないよ、あとは身体ばかりだ。