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ははのじょうきょう

母の上京

坂口 安吾

「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,655 字 · 33 页

青空文庫

天下の横綱にならうといふ大志をかためて、村の有志から餞別を貰ひ、両国をさして乗りこんだものだ。首尾よく入門は許されたが、本職の怪力は論外で、頭もろとも突きかゝると岩にぶつかる如くはね返され、関取が片腕ふつたばかりで腰にしがみついてゐる彼の身体がコマの如くに宙にクルクルと廻つてフッ飛ばされてしまふ。右手をふれば左へ、左手をふれば右へ、縦横無尽にはね飛ばされたり、土の中へめりこまされたり、たつた一日の稽古でつくづく天下の広大無辺なることを悟つたものだ。居ること正味二日となにがしの時間で、機を見はからひ、荷物をひつかづいて逃げだした。ともかく荷物をひつかづいて走るぐらゐの人並こえた力ぐらゐは有るのである。今もつて二十四五貫の肥大漢で、酒を飲みだすときりがない。酔態穏良であるけれども、近頃の安細工では椅子をつぶしてしまふので、アラ、来たの、ちよつと待つてよ、今、空樽をそこへ出すから、などゝ、あまり歓迎されないのである。

「ナアさん。御酒が過ぎやしませんか」

とヒロシが言つたが、もう駄目だ。威勢よく繰りださうといふので、後始末をオカミサンにまかせて、これより一軒づゝ、軒並みに蒲鉾小屋の巡礼が始まる。