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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

張って青味のさした両眼に、ムリロの描いた少女のような色っぽい露が溜っていた。今は唇さえ熱く赤々と感じられて来た。

「なんという間違いをしたものだろう」

むす子に対する憧れが突然思いもかけぬ胸の中の別の個所から厳粛というほどの真率さでもって突き上げて来た。そしてその感情と、この眼の前の媚かしい青年に対する感覚だけの快さとが心の中に触れ合うと、まるで神経が感電したようにじりりと震え痺れ、石灰の中へ投げ飛ばされたような、白く爛れた自己嫌悪に陥った。

かの女は目も眩むほど不快の気持に堪えて歩いて行くと、やがて二つの感情はどうやら、おのおのの持場持場に納まり、沖の遠鳴りのような、ただうら悲しい、なつかしい遣瀬なさが、再びかの女を宙の夢に浮かして群衆の中を歩かした。

ぱらぱらと雨が降り出して来た。町角の街頭画家は脚立をしまいかけていた。いや、雨気はもっと前から落ちて居たのかも知れない。用意のいい夜店はかなり店をしまって、往来の人もまばらに急ぎ足になっていた。

灯という灯はどれも白蝋のヴェールをかけ、ネオンの色明りは遠い空でにじみ流れていた。

今度は青年の方から距離を調子取って行くので、かの女は青年にはぐれもせず、濡れて電車線路の強く光る尾張町を再び渡った。