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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

引返しましょう」とぐんぐんかの女を導き戻した。

そんな時、規矩男の母にもこういう消極的な我儘があるのかしら……などと、かの女はいくらかの反感を、まだ見ぬ規矩男の母に持ったこともあったが、かの女はここにもまた、幾分母の影響を持つ子の存在を見出して、規矩男もその母もあわれになった。それに規矩男の好みの狭い範囲には、まったく美しい部分があった。そしてかの女は規矩男と共に心楽しく武蔵野を味わった。躑躅の古株が崖一ぱい蟠居している丘から、頂天だけ真白い富士が嶺を眺めさせる場所。ある街道筋の裏に斑々する孟棕藪の小径を潜ると、かの女の服に翠色が滴り染むかと思われるほど涼しい陰が、都会近くにあることをかの女に知らした。

二人はある時奥沢の九品仏の庭に立った。

「この銀杏が秋になると黄鼈甲いろにどんより透き通って、空とすれすれな梢に夕月が象眼したように見えることがあります」

おっとりとそんな説明をする時の規矩男の陰に、いつも規矩男から聞いたその母の古典的な美しい俤も沁々とかの女に想像された。

これ等の場所は普通武蔵野の名所と云われている感どころより、稍々外れて、しかも適確に武蔵野の情趣を探らせて呉れるだけに、かの女には余計味わい深かった。