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きままもののにっき

気まま者の日記

山中 貞雄

「映画評論」1935(昭和10)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,728 字 · 4 页

青空文庫

如何に、その構成が文芸家には映画的に出来ていると思われていても、(烏滸がましい偏見かも知れぬが)僕等の側から見ればどんなによく見ても頂戴しかねる。

構成に、又、表現に関しては、文学の場合と映画の場合と技術原理が異うのだ。

文学の目が如何に客観的であるとしても、キャメラの持つ様な純粋客観性は持ち得ないであろう。

僕等はそのキャメラと共にものを見、それを語り、それを生かそうとして相当の年を喰って来た人間だ。

そこで、僕等が文芸家に望むものは、映画構成や表現技術を教えられることではなく、より深い自己内容を、より新しい生活内容を供給してもらうことである。

それは、唯単なる生活常識を注入してもらうことではなく、それを基調にした、明日の生活への自己内部のエネルギーを与えてもらうことなのである。

ある日・2

トーキー・シナリオを書くに当って、僕が特に苦しむのは台詞の点である。

それは言語美学等の問題でではなく、台詞の一つ一つに真実を持たせたいからだ。

「言語は哲学である」と言うが、客観的な気持でシナリオの台詞を書く場合、それが忘れられようとする。

そして、それを忘れた時の台詞はきっと(映画)になった場合、浮いたものになる。