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みずのしたのいし
水の下の石
山本 周五郎
「新武道」1944(昭和19)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,791 字 · 28 页
そしてそれが遠く微かに消えていったとき、刀を押しぬぐって鞘におさめ、しずかに隊の去ったほうへ歩きだした。
松山の丘に左右を囲まれている低地で隊は休んでいた。小弥太はまっすぐに旗がしらのところへいって報告した、「……仕損じた」図書助の声は尖った、そして暴々しく喉を鳴らした。「女だとは知らなかったものですから」小弥太はそう弁明した、「……娘だと気づいてちょっとまごついたのです、その隙に逃げられてしまいました」図書助は黙っていたが、やがて不機嫌な声で「列へ戻れ」とだけ云った。安倍大七は銃を返すとき舌打ちをした、それから独り言のように、――あごはやっぱりあごかと云った、「せっかく機会を拵えてやったのに」すばやくそう呟くのを小弥太は聞きのがさなかった、しかしかれは黙って自分の位置へと戻った。間もなく兵粮をつかえという命令が出た、兵たちは暗がりのそこ此処に好みの場所をみつけ、濡れている草の上や樹蔭などに坐って腰兵粮をひらいた。林の奥でときどき夜鳥の叫びが聞え、なにをまちがえてか蝉がじじじと鳴いたりしたが、百余人の兵の食事はひっそりとしてすばやく、人のけはいすら感じられぬほど静かに終った。