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みずがめ

水甕

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,082 字 · 26 页

青空文庫

酒を飲むのが彼の唯一の道楽のようでした。屋台の飲食店がたくさん並んでる方面へ出かけてゆき、メチールの危険の少い馴染みの飲屋で焼酎をあおりました。梯子飲みをすることもありました。その調子は、そういう屋台店の市井的気分を愛してるのではなく、逆にそれを軽蔑しながら、ただ酒だけを愛してるような風でした。

酔って帰ると、彼は雑誌を読むか、または黒猫のクマを相手に遊びました。クマはその黒い顔に丸い眼を光らしてるだけで、彼からどう扱われようと平気で、信頼しきってるのか、全く従順なのか、彼に全身をゆだねますが、やがて倦きてくると、爪を立てて手掛りを求め、ぱっと飛びのきました。それから外を一廻りし、戻ってきて、まだ起きてる彼から声をかけられると、長い尻尾をまっすぐに立てて、その先で唐紙を撫でながら、恥かしげに寄ってきました。

そのクマが、或る時、失踪してしまいました。はじめは、さかりがついて、一匹の牝猫を中心に、集まってきた数匹の猫と一団になり、ぎゃあぎゃあ騒ぎたてていましたが、そのままどこかへ行ってしまって、一週間たっても、十日たっても、戻って来ませんでした。