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みずとりてい

水鳥亭

坂口 安吾

「別冊文藝春秋 第一五号」1950(昭和25)年3月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,705 字 · 62 页

青空文庫

悲しい思いを忘れずに、どうして鶏小屋に生きられましょう。必死に努力したのです。そして、どうやら、ウジムシのような生活にもなれることができたのです。恥も外聞も忘れて、希望もなく生きる心境をつくることができたのです。それが私の全財産でした。あなたは私の全財産をうばい去ったのです。そして忘れていた悲しさを、いや、もっと大きな悲しさを私の胸に叩きこんだのです。まるで火の玉のように、私のからだの中を悲しさがころげまわり、走り狂っています。三月十日のあの怖しい空襲の火の舌が、私の背を焼き、追いつめてくるではありませんか。私はどうしたらいいのです。三月十日の空襲よりも、もっと怖しい艦砲射撃が耳の底に鳴っています。空という空に火の線が走って、山はゆれ、岩は砕け、大地はわれて、火をふきあげるではありませんか。私はすべてに見すてられました。もう歩く力もないのです。私はどうしたらいいのですか」

亮作の喉にクックックッとこみあげる音がして、にわかにヒッと泣きふしてしまった。

野口はなんとなく哀れに思い、三千円だと引越しのツケトドケにしかならないが、どうせ戦禍に消え失せるもの、捨てるよりは三千円で売った方がマシだろうと思った。