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こおりぐらのにかい

氷蔵の二階

宮本 百合子

「女性」1926(大正15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,201 字 · 37 页

青空文庫

その上、ひょっと、ね、いろんなことでも知れて御覧なさい、もう鼻も引かけられやしないわ。――そんなこと私いや! 東京にいりゃ、ものの分る人が多いし、世間が広いもの――私さえ心掛けをちゃんとしていりゃ、落着くにしろ、浜人足よりゃ増しな人が見つかるまいもんでもなくてよ。――私みたいに生みっぱなしにされた者は、仕合だって苦労して自分で見つけなけりゃならないんだもの――」

「それにはさ、猶まわりをさっぱりしとかなけりゃ――誰だって――」

志野は、うっとり考えていたが、独言のように呟きながら微笑んだ。

「……でも、もう少しだわ……」

「なにが?」

「――……」

志野は首をかしげ、憧れと楽しさとが心一杯という笑顔をした。

「――今にわかるわよ」

土曜日に、房は須田へ遊びに行った。上の娘が、セルロイドのキューピーに着せるものを縫えなどと甘え、房は九時近く帰って来た。店のタタキを入ると、いつになく琴の音がする。扉の外に、黒い鼻緒の男草履が一足脱いであった。房は、外から、

「ただ今」

と声をかけた。

「おかえんなさい」

艶々した志野の声が高く返事した。

「丁度よかったわ」

露台へ向って明いている窓枠に、和服の色白な男が腰かけていた。