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さばくのこと
沙漠の古都
国枝 史郎
「新趣味」博文館 、1923(大正12)年3月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,076 字 · 220 页
彼の頭は混乱し、彼の眼は疑惑に輝いている。
「何をあなたにおっしゃったの? あの気味の悪い支那人は?」伴の女はこう云って、不思議そうに男を見守った。
張教仁は黙ったまま、尚も疑惑の眼を据えて苦力の姿を見送ったが、やがてクルリと振り返り女の顔をじっと見て、「気を付けるがいいぞ、張教仁! こうあの苦力は云ったのです」張教仁は眼を顰め、「気を付けるがいいぞ、張教仁! 十歩。二十歩。いや三十歩かな。こうあの苦力は云ったのです」
「それはどういう意味でしょうね? そうしてどうしてあの苦力は、あなたの本名を知っているのでしょうね?」
「どうして本名を知っているか、全く合点が行きません。私の本名を知っている限りは、恐らくあなたの本名だって知っているに違いありませんよ」
「紅玉、紅玉、これが本名ね。私は名ぐらい知られたって、何んとも思やしませんよ」
「本名を知られたということは、あまり苦痛ではありませんけれど、どうして本名を知られたか、本名を知っているあの苦力はいったいどういう身分の者か、それが私には不思議です。不思議といえば、苦力の云った、十歩。二十歩。いや三十歩かな。