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さばくのこと

沙漠の古都

国枝 史郎

「新趣味」博文館 、1923(大正12)年3月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,076 字 · 220 页

青空文庫

どこをどのように走るのか、自動車は駸々と走って行く。いつか二つの窓をとざされ、外の様子はどんなにしても窺うことは出来なかった。

「成るようにしか成りはしない。命をくれてやる覚悟でいたら何も驚くことはない。さあどこへでも連れて行け」

彼はこのように思っていたが、このように思っている彼をして、尚且つ魂を戦かせるような、奇怪な事件が起こって来た。しかも他ならぬ自動車の内で。

と云うのは彼が、そう覚悟して、クッションに腰かけているうちに、どうやら暗黒のこの車内に、誰かいるような気配がした。すなわち彼と向かい合った、向こう側のクッションに、何者か腰かけているらしい。張教仁は慄然とした。そして思わず声をあげた。

「いったい誰だ、そこにいるのは!」

するとはたして、向こう側から、含み笑いの声がして、

「張教仁君、怖いかね」と、嘲笑いながら訊く者がある。

「怖くもなければ驚きもしない。いったい君は何者だね?」

「怖くないとは豪勢だね。が、しかしすぐに怖くなるよ。何者かと僕に訊くのかね。さあ僕はいったい何者だろう。僕が何者かはどうでもいい。僕は僕より偉大な者の使命を帯びて来たのだから、使命さえ果たせばいいのだよ」