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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
しかし、
「まあ、私に出来ますことは……」と、かすかな声で返事しなければならなかった。
電気行灯の灯の下に、竃河岸の笹巻の鮨が持出された。老父は一礼して引込んで行った。首の向きも直さず、濃く煙らして、炉炭の火を見詰めていた娘の瞳と睫毛とが、黒耀石のように結晶すると、そこからしとりしとり雫が垂れた。客の私が、却って浮寝鳥に枯柳の腰模様の着物の小皺もない娘の膝の上にハンケチを宛てがい、それから、鮨を小皿に取分けて、笹の葉を剥いてやらねばならなかった。
でも、娘は素直に鮨を手に受取ると、一口端を噛んだが、またしばらく手首に涙の雫を垂し、深い息を吐いたのち、
「あたくし、辛い!」と云った。そして私の方へ顔を斜に向けた。
「あたくしは、ときどきいっそのこと芸妓にでも、女給にでもなって、思い切り世の中に暴れてみようと思うことがありますの」
それから、口の中の少しの飯粒も苦いもののように、懐紙を取出して吐き出した。
私は、この娘がそういうものになって暴れるときの壮観をちょっと想像したが、それも一瞬ひらめいて消えた火のような痛快味にしか過ぎないことを想い、さしずめ、「まあそんなに思い詰めないでも、辛抱しているうちには、何とか道は拓けて来ますよ」