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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

と若い経営主はいった。

私も、「こういう本当の自然と、それを切り拓いて行く人間の仕事に就いて、漸く眼が開きかかって来たのに、お訣れするのは、まったく惜しい気が致します」といった。

娘は俯向いて、型のようにちょっと無名指の背の節で眼を押えた。その仕草が、日本女性のこういう場合にとる普通の型のように見え乍ら私はやはりこの遠方の異境にまで男を尋ねて来た娘が何かと感傷的になっている証拠にも見た。

私たちはジョホール河のベンゲラン岬から、馬来人が舵を執り、乗客も土人ばかりのあやしいまで老い朽ちた発動機船に乗った。

「腰かけたまわりには、さっき上げといた蚤取粉を撒くんですよ。そうしないと虫に食われますよ」見送りの事務員の労った声が桟橋から響いた。娘はポケットを押えてみて、窓からお叩頭をした。

怠惰なエンジンの音が聞えて、機船は河心へ出た。河と云いながら、大幅な両岸は遠く水平線に退いて、照りつける陽の下に林影だけ一抹の金の塗粉のようになって見えた。それが水天一枚の瑠璃色の面でしばしば断ち切れて、だんだん淡く、蜃気楼の島のように中空に映り霞んで行く。たゆげな翼を伸した鳥が、水に落ちようとしてたゆたっている。