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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

彼は男性の矜りを取り戻した。坐りなおして、彼女を眺めた。彼女は伊達巻だけの姿だったが、粗い十字を浮かした大島の着物に、長襦絆のしっとりした縮緬の半襟で、鬢の毛には櫛の歯跡が清楚に見えた。彼は浴衣に丹前を重ねた自分のみなりの襟を合せた。がその後で、悪戯っ児のようにうそうそと笑った。

彼女は彼の顔をひたと見つめた。

「おばかさん……。」

それからがくりと折れるように、上半身の重みを彼の方へよせかけてきた。

「約束のように、出来るかしら。」

「約束なんか、どうだっていいですよ。なるようになるでしょう。」

彼はちらと眉根をよせた。

「少し、飲みたいけれど。」

「どうぞ。わたしも飲むわ。」

彼は卓上の眼鏡をとり、女中をよんだ。

房江は帯をしめてきた。食卓にきちっと就くと、肉附きのよいその体は、磐石を据えたように見えた。彼女は庭を眺めやった。

「静かないい家ね。」

そして庭から彼の方へ眼を移した。

「どうして、こんなことになったのかしら……後悔なさらない。」

「あなたも、後悔しませんか。」

二人はまじまじと眼を見合った。非常にあらわな眼付だが、それでもなにか、互に遠くから見合ってるような工合だった。