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うみのかなた

海のかなた

小川 未明

「週刊朝日」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,028 字 · 14 页

青空文庫

「なかなかよく弾けるようになった。」といって、おじいさんは、松蔵の頭をなでてくれることもありました。

夏も、もはや逝くころでありました。おじいさんは、ある日のこと、松蔵に向かって、

「坊や、おじいさんは、もう帰らなければならない。こんど、いつまた坊にあわれるかわからない。坊は、きっと上手なバイオリンの弾き手になるだろう。私のかたみに、このバイオリンを坊に置いてゆく。坊は、このバイオリンで私がいなくなってもよく、稽古をしたがいい。」といって、バイオリンを松蔵にくれました。

少年は、どんなに喜んだでありましょう。また、おじいさんに別れなければならぬのを、どんなに悲しく思ったでありましょう。

おじいさんは、船に乗って、遠く、遠くいってしまいました。少年は、おじいさんの故郷を知らなかったのです。ただ、このとき、海の上を望んで悲しんでいました。おじいさんを乗せた船は、夕焼けのする、紅い海のかなたに消えてゆきました。少年は、果てしない、その方を見やって、ただ悲しみのために泣いていました。

毎日、入り日は、紅く海の上を彩りました。そして、城跡から、海をながめるその景色に変わりはなかったけれど、おじいさんの姿は、もはや、どこにも見ることができませんでした。