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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

視線をそれ等の赤や茶色の背表紙にやすめながら、宏子は教科書への興味は一向に動かされず、順二郎は今頃、何をしているだろう、としきりにそれが考えられた。順二郎の、どんなに明るい燈に照らされても冴えないようだった今夜の少年ぽい顔。母の異様な美しい程の集注、母であって母でないような心の空なあの様子。――娘である宏子の感情は苦しまずにいられないものが漲っているのに、その擾乱の中には軽蔑をひき起すようなくずれたものは感じられないのであった。若い宏子たちと共通なような生一本なものが瑛子のとり乱した感情を貫いていたので、却って宏子の苦しさや動揺は切実なのであった。

宏子はなお暫くそのままにいたが、やがて立ち上って寝台のところへゆき、壁際の方の掛物と敷蒲団とをめくって、下から一冊の小型な大して厚くない、ハトロン紙の覆いのかかった社会科学思想の発展の歴史を書いた本をとり出した。

やっと読書に身がいりだした時、コンクリートの廊下にスー、スーと草履をひきずって来る跫音がきこえた。宏子は手をのばして、机の上のスタンドを消した。鍵をかけることの出来ないドアがノックなしにすこし外から開けられる気配がした。