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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
大間違いだよ」
思いやりと洞察とでこういう風に焦点がずって来たのを喰いとめて母を納得させ得るだけに宏子はあらゆる点で成長していなかった。いつしか地盤の移っていることは分っていても勢におされて母娘は、益々広汎な、根本的な問題に触れながら諍った。
間で一二度温室を見に行ったきり順二郎はずっと傍で、自分からは一言も口を挾まず、母と姉との嶮しい問答をきいていた。宏子がやがて急に気づいたように、
「さあさあ、順ちゃん、もうお休み」
と、置時計の方をすかすようにしながら云った。
「あしたはまたドイツ語だろう」
瑛子は、
「いいよ、いいよ。たまだもの、おきといで」
愛情と押しつよさをもって裾をひき据えるようにとめた。
「順二郎だってもう子供じゃないんだから、よくどっちが正しいかきいといで」
腰かけのところは灯のかげになっている。順二郎はふっくりした瞼の上を誰にも見咎められずかすかに赧らめた。
七
温室は床が煉瓦で、左右には、その中でこまかい芽のふき出している培養土の棚がある。順二郎は古い三脚をその煉瓦の通路のところへ持ちこんで休んでいた。この三脚へ腰をかけて、去年の秋姉の宏子が、高校へ入学した祝に温室一つ貰うなんてと非難めいて云った。