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ふかがわにょうぼう
深川女房
小栗 風葉
「新小説」1905(明治38)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,597 字 · 57 页
「ええ、そりゃもうね」
「せめて何か、口約束でもした中と言うならだが、元々そんなことのあったわけじゃなし、それにお前の話を聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、怨みたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……」
「…………」
「何もお光さんで見りゃそんな気があって言ったんじゃあるめえが、俺がいよいよ横浜へ立つという朝、出がけにお前の家へ寄ったら、お前が繰り返し待ってるからと言ってくれた、それを俺はどんなに胸に刻んで出かけたろう! けれど、考えて見りゃ誰だってそのくらいのことはお世辞に言うことで……」
「金さん!」と女は引手繰るように言って、「お世辞なんてあんまりだよ! 私ゃそんなつもりじゃない。そりゃなるほど、口へ出しては別にこうと言ったことはないけれど、私ゃお前さんの心も知っていたし、私の心もお前さんは知っていておくれだったろう。それだのに、今さらそんな……」
「まあいいやな」と男は潔く首を掉って、「お互いに小児の時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、よくよく縁がなかったんだろう! いや、こうなって見るとちと面目ねえ、亭主持ちとは知らずに小厭らしいことを聞かせて。