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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
生れながら与えられた、際立った語学の才と、文才は、それ等の有ることは事実でも、「今日」とは何の連絡がない。言葉を換えていえば、正隆は、自分の持つ才能を自覚するから、その発揮を本能的に希望するので、その才能の方向が暗示する名誉が、自ずと産む生活上の影響などは、問題の中には入っていなかった。
正隆の場合では、かような心持の持つ、二様の力の、ただ消極のみが、感化を与えていた。仕事の純粋さに対する希望ではない。生活そのものの弛緩が、彼の魂の四隅を、確(しっ)かりと釘づけにしていたのである。
二
何事かと思わせるような歓迎に抱き取られて、帰京してからも、正隆は、何を思い煩うこともないらしく見えた。
母未亡人に金を貰って外泊をしたり、時には涼風に、長めな髪を嬲(なぶ)らせながら、招魂社の池の辺で、亀の子の甲羅を眺めたりしながら、正隆は悠然と、生活の戸口に彷徨していたのである。
けれども、母未亡人は、正隆ほど安閑とはしていなかった。
瞳よりも可愛い、唇よりもいとおしい正隆を、その美貌に於て誇る未亡人は、また、彼の栄達に就て、焦慮せずにはいられない。